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中国に代表される「世界の工場」であるアジアは、ドルと外国企業を呼び込んで国内の製造業を育成し、モノを世界に送り出して利益を得ている。
「中国はモノを作って儲け、アメリカはカネを作って儲けている」と指摘したのは英経済誌「E」二○○四年十月一百号だった。
このモノとカネの区別をSまで遡れば、アメリカは「富」をそれほど生産していないことになる。
なぜならSにおける国富とは、生活を支える財のことだったからだ。
歴史人類学者Tのように、モノを作る地域をヨーロッパにも広げて論じる論者もいるが(「帝国以後」藤原書店)、「富」といわれるものがモノとカネに明瞭に分かれ、その製造地もいまや明瞭に分かれている構図を指摘している点では同じだろう。
アメリカで「製造」されているカネは、過剰生産で世界にだぶついてしまい、この「カネ」を売り買いする仕組みが異常な発達をとげてしまった。
為替トレーダーと呼ばれている人々が、ドルやユーロを売ったり買ったりして利鞘を稼ぐのに血道をあげ、ときどき破滅的な失敗をするが、彼らにバクチのような取引をさせているのは資本市場だ。
八○年代、世界中の資本市場がまるでバクチの様相を呈することになったことを観察したイギリスの国際政治経済学者Sは、これを「カジノ資本主義」と呼んだ。
九二年、カジノ資本主義の大立者であるSが、ヘッジファンドのクォンタム・ファンドを率いてイギリスの通貨当局に挑戦し、ポンドに売りを浴びせて、とうとうイギリスの為替レートを下落させ巨万の「富」を手にしたが、この時がSのピークだったろう。
E事件はまだ終わっていない二○○一年に発覚したアメリカのE事件は、アメリカ国内における「カジノ資本主義」の危機と腐敗を暴きだした。
その後、B政権はあわてて改革の必要を訴え、企業の監査義務を強化するサーベンス・オックスリー法をつくったので、アメリカでは改革は終わり、E事件はよき教訓となったと論じるエコノミストがいる。
しかし、日本では少なくとも二つの点で、誤解があるように思われる。
ひとつは、E九○年代になるとカジノ資本主義はますます猛威をふるうようになり、メキシコやアジアに深刻な金融危機をもたらし、さらにはノーベル経済学賞受賞者二人を擁していたLTCMが惨めに破綻して世界を震憾させた。
何かがおかしいと思わざるをえなかったのだ。
アジア通貨危機のさいには、当時マレーシア首相だったMがSを名指しで批判したが、興味深いのはその後のSの行動だった。
Sはこのままだと資本主義はもたないと警告を発し、なんらかのコントロールを導入すべきだと言い出した。
Sトレンジは晩年の著作「マッド・マネー」(岩波書店)のなかで、マネーの流れはついにマッド(狂気)になったと論じたが、この本のなかでSの提案に賛同している。
カジノ資本主義の批判者と大立者が、危機感では一致したわけである。
誤解のふたつ目は、アメリカ経済の仕組みが危ういマネーゲームから脱して、「カジノ資本主義」をやめたわけではまったくないということである。
あらゆるものを金融資産と仮構して投機の対象とするセキュリタイゼーション(証券化)の流れは、むしろ強まっているとすらいえるだろう。
典型的なのが、いま崩壊の兆しを見せ始めている住宅バブルで、ピークを迎えた○五年までの五年間に、住宅の価格は大都市で軒並み二倍にも達した。
前FRB議長Gは「これはバブルではなくフロスだ」などと述べてバブル説を否定したが、バブルもフロスも翻訳すれば「泡」であることは変わりない。
なぜ、Gがこんなごまかしをしなくてはならなかったのだろうか。
それは、いま住宅バブルが急速に弾けてしまえば、アメリカのGDP(国民総生産)の七割にもおよぶ個人消費が冷えてしまい、資金の流れが凍り付いてしまうからだ。
事件とはEやWに限ったことではなく、アメリカ経済全体に蔓延していた病理だったことだ。
しかも事件後に改革が求められたのは、破綻したUのような会計監査法人だけではない。
企業統治の基本に始まり、投資銀行、投資ファンド、コンサルタント会社、法律事務所、さらには経済マスコミと経済評論家たちまでがモラルを問われたのだ。
もともと、今回の住宅バブルは、ITバブルが崩壊したとき、行き場を失った巨大な資金の受け皿として成長した側面がつよい。
アメリカの「富」であるカネは元来ヴァーチャルなものだから、株式でもっていた「富」が住宅価格の上昇分に移動するよう誘導することで、ショックを和らげることができたのである。
この住宅バブルも、もちろん住宅の貸出金を証券化するモーゲージ・ローンによって金融資産化されることで膨らんだ。
住宅の時価が上昇したとき、その上昇分を現金にしてくれるホーム・エクィティ・ローンは異常発達をとげてアメリカの消費を加速したが、いま危うい崩壊の危機に瀕している。
十九世紀末、ドイツの社会学者Wが近代資本主義を研究したとき、産業を興しモノを確実に作り上げる仕組みを形成するためには、そこに確固とした倫理が介在しており、それはプロテスタントの倫理だと主張した。
倫理がなければ、地道な仕事を延々と続けることなど出来ないと考えたわけである。
ここには、もちろんW自身の価値観が反映していたわけだが、日本でも儒教や石田心学が産業発展を支えてきたと論じる人が多いように、十分に納得のいく説だといえよう。
一方、Wにとって産業を興すのにお金によってサポートする金融は、どうしても脇役に見えた。
いかに金融が大きな役割を担っていようとも、それは近代資本主義の形成者ではなく、寄生的な資本主義だと思えたのである。
ここには、いまから見れば一面的な傾向がないとはいえないが、急速に発展を遂げる産業の中心をなすのは、どう考えても堅固なモノ作りだった。
しかし、Wの友人でもあった歴史学者Zは、Wの唱えた説にことごとく対立する説をぶちあげた。
近代資本主義を発達させたのは賛沢をしたいという欲望であり、カトリックの教えのなかにも資本主義を加速させる要素があり、ユダヤ人が発達させた金融はむしろ主導的な役割を果たしたというわけだ。
Wの説とZの説は真っ向から対立しているから、周囲を巻き込んで激しい論争がまきおこった。
いや、それはいまだに続いている。
近代資本主義をつくりあげたのは、モノ作りのための産業資本主義だったのか、カネをあやつる金融資本主義だったのか。
中年以上の日本人の多くにとって、自分の価値観にぴったりくるのは、Wの説だろう。
毎日の仕事には、いろいろ矛盾もあるが、自分を支えているのはある種の倫理だと思うのは悪くない。
しかし、いまの三十歳代以下の若者たちにとってはどうだろうか。
少なくとも現実はZの勝ちである。
念のためにいっておけば、ユダヤ人の聖典である「旧約聖書」(彼らにとっては新約などないわけだが)は、カネにうつつを抜かすことを諌めており、同胞にカネを貸して利子をとってはならないとある。
浮利を追うのを戒めるのは、キリスト教だけの教義ではない。
ユダヤ教やイスラム教、また儒教的倫理でもそれは同じことだ。
ただし、ユダヤ教では異教徒にカネを貸して儲けてもかまわないのである。
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